今回のブックレビューは、建築家の栗本真壱さんに建築をとおして街の魅力を再発見できるような
一冊をご紹介いただきました。
『変貌 名古屋の昭和を撮る』寺西二郎:KTC中央出版社
最近、なかなか面白いテレビ番組を見つけた。タモリが古地図を片手に街を散策し、街の地形や痕跡から、その街の隠れた歴史やエピソードを紐解いてゆく番組だ。この番組の興味深いところは、タモリやゲスト研究者らの純粋な好奇心による博識だけでなく、実際にそこで行われていた営みの様子が具体的なシーンとして分かりやすい形で描かれ、現代の街並みとオーバーラップさせることによって、街の歴史の1ページに鮮やかな深みを帯させているところだ。どんな街にも必ず何かしらの歴史やエピソードがあり、視点を少し変えたり想像力を持って街を観察することで、日常の何気ない街のワンシーンが鮮やかに目の中へ映り込んでくる。
名古屋の街にも多くの歴史が存在し、多くのエピソードが至る所に残っている。わかりやすいところでは、中村区大門町周辺の旧中村遊廓のあった地区。今でもこの地区には、唐突に四隅を斜めに走る道路が存在する。この斜めに敷かれた道路は、周囲の街からの見通しを遮り、来訪者のプライバシーを守りながら“遊郭”という特異な世界観を作り出していた。その他にも緑区にある名鉄自動車学校は、日本初のプロ野球試合が開催された場所でもあり、ベーブ・ルースも試合を行った鳴海球場の跡地に建っており、当時の野球スタンドを改修した校舎が今でも利用されている。また、私達があいちトリエンナーレに出展した作品《SIGNAL-GO-ROUND》も、会場となった長者町の商いの歴史から導き出された独自の交通規制を題材に作品制作をした。
『変貌 名古屋の昭和を撮る』は、まさに変貌をとげてゆく近代名古屋の歴史やエピソードが記録された興味深い写真集だ。著者は、名古屋市広報に勤めていた元公務員でプロのカメラマンではない。しかし、だからこそ日常的な視点に立つリアルな街の息遣いが写真に収められている。少し大袈裟かもしれないが、都築響一の「TOKYO STYLE」にあるような、その時代に存在する歪みさえも飲み込んだ風景が写真には収められ、その時代のリアルな空気感を記録しているのだ。
「堀川の川縁を、胸をあらわにさせて歩くストリッパー達」の写真では、健全な街の活気や勢いを感じさせてくれるし、「オリエンタル中村(現三越)と斜め向かいの日本生命栄町ビル」や「旧愛知県美術館の背景に広がる久屋公園とテレビ塔」の写真では、まさに昔と今の名古屋が同時に存在する。「旧名古屋駅と周辺のビル群」では、記憶にあるはずの忘れ去られたシーンが写し出されている。
過去と現代とがオーバーラップしながら記録された街の風景は、名古屋の歴史と現代の街並みとを緩やかな接点で結びつけてくれる。様々な歴史やエピソードを経ながら、現在の名古屋の姿が造られていると実感する事ができるのだ。そしてまた同じように、今、私達の目の前に広がる街の姿も、50年先、100年先と続く未来の名古屋の街へ直線上に繋がり、時代の空気感を感じさせながら未来へと継承されてゆくはずである。だからこそ現代に生きる僕らは、現代の街の空気感をしっかりと感じていたいと思う。
栗本真壱 栗本設計所代表。「あいちトリエンナーレ2010」など出展多数