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2009年6月15日月曜日

『モナリザの秘密—絵画を巡る25章』

今回のブックレビューは、名古屋大学大学院で美術史を学ぶ吉田映子さんに「美術史学を学ぶ人にお勧めの一冊」を紹介していただきました。


『モナリザの秘密—絵画を巡る25章』
ダニエル・アラス 吉田典子(訳) 白水社

多くの絵画を見ることや一枚の絵をじっくりと時間をかけて見ることは絵画研究の第一歩です。けれど、美術史学の領域に片足を踏み入れたばかりの私は、時に、絵画の多様さに圧倒されてしまったり、反対に、もう何もかもが言い尽くされてしまって新しい魅力を発見することなど到底不可能だ、なんて思ってしまうことがあります。そんな時にはアラスの文章が良い薬です。

ご紹介する『モナリザの秘密』は、フランスのラジオ番組25回分を文章におこしたもの。原題『Histoire de peintures』は「絵画の歴史」とも訳せそうですが、ここではまさに「絵画の物語」が妥当です。編年的に語られた絵画の分析ではなく、著者自身と絵画の出会い、作品が経験する時間や展示空間についてなど、絵画を様々な視点から考えるように促す興味深いお話が、ルネサンス絵画を中心に収められています。ルネサンスの専門家が語る現代美術はとても新鮮です。

アラスの眼差しが捉えた絵画内部から「呼ぶ」声は、読み進むにつれて、他の細部や画面全体、著者の博識、様々なテキストや時代背景と、まるでパズルのピースのようにあるべき場所へとはまりつつ互いに結びつき、新しい魅力を提示します。

「ダニエル・アラスとともに消え去ったのは、ひとつのまなざしであり、一つの知性の魅惑である。」

放送が終了してまもなく惜しくも亡くなったアラスへ、ベルナール・コマンが寄せた一言です。誰一人として、アラスが見つめ、その魅力をみつけたのと全く同じようには絵画をまなざすことは出来ません。経験豊かな美術史家は、蓄えた知識と経験と鍛えられた目で絵画を見るのです。それでも『モナリザの秘密』の読後には、もっとたくさんの絵とじかに向かい合いたい、絵画の新しい魅力に出会いたい、そして、それを言葉に紡ぎたいという情熱がかき立てられてしまうのです。美術史家として憧れずにはいられない、とても美しい25章です。


吉田映子 名古屋大学文学研究科美学美術史学専門