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2009年12月15日火曜日

『アトリエ・ワン 空間の響き/響きの空間』


今回のブックレビューは、建築家の清水裕二さんにオススメの一冊を紹介していただきました。


『アトリエ・ワン 空間の響き/響きの空間』
アトリエ・ワン著 INAX出版


レヴィ・ストロースが死んだ。まずは「生きてた」って事にびっくりしたのだが(101歳になる直前だった)、それは少なくともちょっと思想をかじった人にとっては結構な大ニュースであった。久しぶりに『野生の思考』を引っ張り出してみるが、学生時代あれだけ苦労して読んだ内容をほとんど覚えていない。しかしながら「ブリコラージュ」bricolage(器用仕事)や「ブリコルール」bricoleur(器用人)というキーワードだけは未だに鮮明に残っていて、仕事や日常のちょっとした場面に何気なく「ぽっ」と浮かんできたりする。「ブリコラージュ」は、そのときそのとき限られた道具と材料の集合=「もちあわせ」を用いて自分の手で何とかものを作る、といった意味だが、なんとなく小学生時代に夏休みの宿題でやった「工作」の感覚に近い。立派な工具も、たいした材料も望めぬ中、そこらへんにある素材の組み合わせで不器用ながらも自分のイメージを形にする。なんでもないものから何か別のものが立ち上がること。その興奮が今の建築という仕事につながっていることは確かである。

アトリエ・ワンの著書『空間の響き/響きの空間』を読んでいると、そういった小学生時代の気分に引き戻されるような感覚を覚える。例えば、夏休みの虫取りの話から、『メイド・イン・トーキョー』で示したような、東京という環境であればこそ発達したハイブリッドで一体的な「環境ユニット」へつながるくだり。これらは「もの」や建築・都市を生態学的に読み解く彼ら独特のセンスを端的に示しており、都市の隙間に生息する『ペット・アーキテクチャー』の収集やイスをイヌに見立てた《イヌ・イス》のデザインなどにも通ずる。昆虫採集に夢中になっている小学生のような無邪気さと好奇心をたたえた眼差しで街を読み込み、さりげない日常の風景が見方をちょっと変えることで生き生きと呼吸しはじめる。東京という大都市は彼らにとって、多様性に満ち、独自の方法で環境に適応したいきもの(建築)たちが密生する極相群落に見えるに違いない。そういった眼差しこそが、彼らの建築の「建つ」というよりも「そこに居る」ようなたたずまいや、ユーモアをたたえた独自の存在感を生んでいるのではないか。環境を反映した姿としての生物モデル。アトリエ・ワンの建築を、そのような言葉で簡潔にまとめてしまうこともできるかもしれない。しかしそこには、東京という複雑な生態系を切り分けて分類するような「栽培思考」ではなく、もっと分ちがたく環境に根ざした「野生の思考」が潜んでいるように思えてならない。

最後にちょっと宣伝を。現在開催中のあいちトリエンナーレ2010「まちなか展開事業」(2009年11月21日(土)〜2010年2月21日(日))で、一坪のインターネットTV局「鉄板TV」が名古屋栄のTV塔下に誕生します。『ペット・アーキテクチャー』ならぬマイクロ・アーキテクチャーが、マスメディアから主役の座をうばいつつあるマイクロメディアとしてのインターネット配信を行います。詳しくはWEBにて。http://teppantv.net/


清水裕二 愛知淑徳大学准教授/建築家

2009年9月15日火曜日

『小山登美夫の何もしないプロデュース術』



小山登美夫・著
東洋経済新報社 1680円

TEXT:田中由紀子

奈良美智や村上隆を世界に売り出したことで知られる気鋭のギャラリスト、小山登美夫による、『現代アートビジネス』(アスキー新書)、『その絵、いくら』(講談社)に続く最新刊。自身の経験から、ビジネスとしてのギャラリストの仕事がわかりやすい言葉で綴られている。積極的に何かを仕掛けるのではなく、「引き算」と「ゆだねる」ことによる、できるだけ「何もしない」独自のプロデュース術が、アーティストの才能を引き出し、マーケットに影響力を及ぼしているのが興味深い。
また、他人のものさしではなく、自分のものさしで作品を見ることが大切であり、そのものさしを磨くためには面白くない絵でも見に行くといったくだりや、作品をじかに見ることが重要で、印刷物やインターネットなどの情報だけでわかったつもりになってはいけないなど、ハッとさせられる記述も。
ギャラリストやキュレーターを目指す人にはもちろん、見る側である美術ファンやコレクター、つくり手である作家にもオススメの一冊。

2009年6月15日月曜日

『モナリザの秘密—絵画を巡る25章』

今回のブックレビューは、名古屋大学大学院で美術史を学ぶ吉田映子さんに「美術史学を学ぶ人にお勧めの一冊」を紹介していただきました。


『モナリザの秘密—絵画を巡る25章』
ダニエル・アラス 吉田典子(訳) 白水社

多くの絵画を見ることや一枚の絵をじっくりと時間をかけて見ることは絵画研究の第一歩です。けれど、美術史学の領域に片足を踏み入れたばかりの私は、時に、絵画の多様さに圧倒されてしまったり、反対に、もう何もかもが言い尽くされてしまって新しい魅力を発見することなど到底不可能だ、なんて思ってしまうことがあります。そんな時にはアラスの文章が良い薬です。

ご紹介する『モナリザの秘密』は、フランスのラジオ番組25回分を文章におこしたもの。原題『Histoire de peintures』は「絵画の歴史」とも訳せそうですが、ここではまさに「絵画の物語」が妥当です。編年的に語られた絵画の分析ではなく、著者自身と絵画の出会い、作品が経験する時間や展示空間についてなど、絵画を様々な視点から考えるように促す興味深いお話が、ルネサンス絵画を中心に収められています。ルネサンスの専門家が語る現代美術はとても新鮮です。

アラスの眼差しが捉えた絵画内部から「呼ぶ」声は、読み進むにつれて、他の細部や画面全体、著者の博識、様々なテキストや時代背景と、まるでパズルのピースのようにあるべき場所へとはまりつつ互いに結びつき、新しい魅力を提示します。

「ダニエル・アラスとともに消え去ったのは、ひとつのまなざしであり、一つの知性の魅惑である。」

放送が終了してまもなく惜しくも亡くなったアラスへ、ベルナール・コマンが寄せた一言です。誰一人として、アラスが見つめ、その魅力をみつけたのと全く同じようには絵画をまなざすことは出来ません。経験豊かな美術史家は、蓄えた知識と経験と鍛えられた目で絵画を見るのです。それでも『モナリザの秘密』の読後には、もっとたくさんの絵とじかに向かい合いたい、絵画の新しい魅力に出会いたい、そして、それを言葉に紡ぎたいという情熱がかき立てられてしまうのです。美術史家として憧れずにはいられない、とても美しい25章です。


吉田映子 名古屋大学文学研究科美学美術史学専門

2009年3月15日日曜日

『図で考えれば文章がうまくなる』ほか2冊


今回のブックレビューは、Arts&Theatre→Literacyの亀田恵子さんにレビュアーにオススメの本を紹介していただきました。

レビュアーにおすすめ、ということで実践的な本をご紹介したいと思います。2005年にダンス評論賞を頂いたときに自分が参照した本を2冊と、ATLの基本姿勢になっている自身にとってはバイブル的な(笑)1冊です。

『図で考えれば文章がうまくなる』久垣啓一 PHP研究所
文章を書きたいときに、私は必ず思いついた言葉のメモとイラストを描きます。まとめるというより、頭の中にあることを紙の上に落書きするだけ。イメージをいきなり言語化することはチョット難しいけど、落書きしてみると不思議と考えがまとまっていきます。お試しあれ!

『原稿用紙を10枚描く力』斉藤孝 大和書房
文章を書くのもマラソンと同じで訓練が大切という斉藤さん。「3の法則」という3つの視点から自分の意見を展開する方法は使えます。1点だと視野が狭くなりがちですし、2つだけの比較だと白か黒かになって強引になってしまう恐れがある。3点ならバランスがいい。例えばゴッホのひまわりについて①黄色の持つ性質とは?②ひまわりという花の一般的な印象は?③花を花瓶に飾るのはどんなとき?という3つの疑問を並べてみて、ゴッホの絵やそれまでいわれている事実関係との間にギャップや意外な部分での一致があれば、それが自分なりの発見になります。レビューは自分の発見を紹介する文章ですから、その3点を絡ませながら発見のプロセスを展開していけばいい。疑問を持つこと、疑問と事実のギャップや意外な一致=発見をどう並べて展開するかが大切です。

『自分の言葉でアートを語る/アート・リテラシー入門』フィルムアート社
レビュアーすべてに捧げたい1冊。美しいグラフィックの数々、デザインされたテキストなど刺激的で魅力的な構成。開いた瞬間からインスピレーションが湧いてくる、実践方法と心得の両方が盛り込まれた良著。ATLがめざす理想がこの1冊に詰まっているといっても過言ではないほど。「表現する鑑賞者」の座右の銘にピッタリ。

亀田恵子(Arts&Theatre→Literacy)ダンスレビューを軸に執筆